2005年08月08日

親日の国

台湾滞在も、明日の夜で最後になる。(それを切に願っている。一回延長になったからな〜)
所感を一言で言うなら、暮らしやすい国であった。
食事もおいしい、治安もよい、物価もまずまず安い、そして何より、日本に対する感情がよい。

「日式」とか「日本で大人気」といったことが商品セールスコピーに普通に使われている。何度か出かけた旅先でも、よく「日本人ですか」と聞かれた。日本人だとわかると、熱心にいろいろ話し掛けてくる人も多かった。
また、テレビ番組や音楽など、日本発の文化に対する好感もかなり高いようだ。
尖閣諸島(日式のいいかた?)や、靖国がらみで、反日的な動きがまったくないわけではないけれど、一部の人間の小さな動きにとどまっている。

同じ、植民地支配の歴史を経ていながら、どうして台湾はこんなに親日の国になったのだろう?

このテーマには以前から興味があって、これに関連する本や文章などには結構目を通してきた。(まあ、そんなに本格的に調べているわけではなくて、目にとまったなら必ず見るという程度だけど…)

植民地支配の時代のやり方の違いだ、という話はよく聞く。
台湾は海軍が主体で、陸軍が主体であった韓国・中国と比べて穏やかな支配をしいたとか。(←出典を忘れたので、間違っているかも)
確かに、烏山頭ダムと嘉南大シュウ(かなんたいしゅう。シュウの字は土ヘンに川)を作った八田與一(はったよいち)のような、今でも台湾の人に尊敬される植民地時代の日本人がいたのは事実だ。
しかし実は、「日本人が行った植民地時代の施策」については、戦後の国民党時代にほとんど歴史として教えられることが禁じられていたらしい。
そのためもっと知られていると思っていたこれらの人の名は、一般の人たちの中ではほとんど知られていないのだと最近知った。(このあたり、こっちに来てから読んだ司馬遼太郎の「台湾紀行」が情報元)
それに、「善政」をしいていたとはいっても、台湾でも、強制連行やら、反日行動に対する容赦のない弾圧などはたくさん行われていたのもやはり事実。

結局のところ、親日感情の強い台湾と、反日感情の強い韓国・中国を分けた一番の原因は、日本時代のやり方の問題というよりこれらの国の戦後の歴史にあるのはほぼ間違いない、と思うようになった。
ボロボロになった国を建て直すために、ナショナリズムをよりどころとして必要とした韓国・台湾と、戦後やってきたそれまでの支配者であった日本よりタチの悪い内部の敵(蒋介石の国民党)との戦いを続けなければならなかった台湾の違いだ。
戦後の歴史如何によっては、台湾だって強い反日の国になった可能性だっていくらでもあったと思うのだ。

日本では有力政治家の戦時中の日本の行為に関する事実認識についても問題発言がよく飛び出す。
が、こういった「戦後の歴史」のような土台にあるものについても考えないと、これらの国の国民感情を読み誤るんじゃないかな。
単に、日本がどんな悪いことをしたとか、そんなのはウソだとか、細かい事実認識なんてのは(当事者には大問題かもしれないけど)、国民感情の形成にはほとんど関係ない。というより、国民感情が先にあって、それによって個々の歴史事実が問題になる、のではないかと。

先出、司馬遼太郎の「台湾紀行」のなかで、司馬氏は「ほかの国を植民地にするのは、何よりも他民族の自尊心という背骨をくだくことで、国家悪の最たるもの」と書いているが、これにはまったく同感。
その、国家悪の最たる植民地支配を、これらの国に行ってきたのは、動かしようもない大きな事実。
そして、これらの国と隣国としてこれから先もずっと付き合っていかなくてはいけないこともまた事実。
そして、アメリカとの関係よりも、これらの国との付き合いが政治的にも経済的にも安全保障的にもずっと重要になるというのも十分ありうる可能性。

そう考えると、日本の国益という観点から、日本の取るべき行動は決まっていると思うのだけどなあ。
日本の政治家の大半はそうは思っていないらしい。

政治家が信念を貫くことは、悪いことじゃないと思うけど、賭けるなら自分の命や政治生命にして欲しいね。
靖国参拝のような、現在や将来世代の国益を賭けて信念を貫くことはホントにやめて欲しいと思う。

とまあ、ちょっとまじめな話で台湾滞在を締めくくってみた。

posted by S.A at 23:52| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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