3月は星にまつわる記憶の中で、一番思い出深い月だ。
なんといっても、20世紀を代表するといっても過言ではない、2つの大彗星がやってきた月だからだ。
いわゆる「大彗星」と呼ばれるレベルのものは、大体数十年に1度くらいの頻度でやってくる。
それが、なんと、2年も続けて来たのが1996年春の百武彗星、翌年春のHele-Bopp彗星だった。僕は当時大学で天文同好会に所属しており、しかも2、3回生。まさにこれ以上ないタイミングで来てくれたのである。百武彗星はかなり地球に近づいた状態で見つかった。彗星自体はそれほど大きくはなかったが、地球にかなり近づくために、明るくなるだろうとされた。最初はあのような長大な尾は予測されておらず、大きく明るくてもあまり尾は伸びないのではないかと言われていたように記憶している。
はじめて見たのは、1996年の3月15日、和歌山のすさみ町であった。このときすでに、5度程度の尾があり、これは化けるかも、と期待させるには十分な姿であった。
そして1週間後の3月23日〜24日の夜にかけて、その姿は激変していた。このときに強烈な印象は忘れない。
この日、奈良の神野山に見に行っていたのだが、車から降り立って空を見上げると、なにやら異様に長い光の棒が空に浮かんでいる。それこそ、目を疑うほどの長さであったが、紛れもなく1週間経って成長した、百武彗星だった。

目で見たイメージに近い写真。1996年3月26日3時41分〜露出10分。28mmF1.8→F2.8スーパーG Ace800 滋賀県・箱館山にて
この彗星は、とにかく長かった。2本の尾がある、典型的な彗星の姿ではなかったが、細いイオンテイルがするするするとひたすら空に伸びていた。28mmレンズで撮った対角線いっぱいに写っていたくらいだから、70〜80°以上あったことになる。
彗星核にあわせてガイドした気合の写真。1996年3月24日3時25分〜露出10分。300mmF2.8 H2増感TP2415 奈良県・神野山にて(クリックで拡大)
百武彗星は、わずか数日間、この強烈な姿を見せたあと急速に暗くなり去っていった。次に太陽系内に戻ってくるのは72000年後。しかも、今回ほど地球に近づくことはまず考えられず、まさに奇跡のような邂逅だったといえるだろう。
名前からわかるように、日本人が発見したこともこの彗星を印象深いものにしている。
かつて、彗星捜索は日本のお家芸であった。彗星捜索者はほとんどアマチュア天文家で、コメットハンターなどと呼ばれ、その多くは15cm程度の望遠鏡や双眼鏡で眼視によって捜索していた(僕もひそかにあこがれたものだ)。しかし、そのような方法が通用したのは1980年代ごろまで。近年ではプロの掃天プロジェクトなどで見つかる彗星がほとんどになってしまい、アマチュアが出る幕がどんどんなくなりつつある。
その中で、この彗星の発見者、百武祐司さんは郵便局員(長だったかも)のアマチュア天文家で、15cm双眼鏡を使った、オールド・スタイルの彗星捜索者だった。
長いこと発見には恵まれなかったが、1996年に立て続けに2つ彗星を発見し、そのひとつが大彗星になって一躍時の人となり、地元の天文台の天文台長にまでなった。数年前に惜しくもまだ若くして亡くなったと聞く。
趣味人としては、こんな人生もまた素敵だなあと思う。


だからこそ、寸暇を惜しまず遊びに励むのですな。